mama【Bajrangi Bhaijaan(邦題: バジュランギおじさんと、小さな迷子)・感想】
どうも、毎週金曜日は地元で映画を観る人です。
観たい映画は山ほどあるのですが、地元でやってないなあ、シティーハンターは新宿で観たいしなあ、アリーも地元では終わっちゃったし...…ということで、今日は全くノーマークだった映画を観ました。
「Bajrangi Bhaijaan(邦題: バジュランギおじさんと、小さな迷子)」観ました。インドの映画で、インドでは2015年(⁉)公開、つまり4年越しで日本に渡ってきた映画なんですね。
インド映画といえばバーフバリが記憶に新しいのですが、アレのおかげでこの映画も観る踏ん切りが付いた、というかインド映画だからこそ観てみようとなりました。バーフバリ、バイトで知り合ったネパール人の知人とも共通認識の話題として話せたりして、やっぱ凄い映画なんだなあとか思ったり。
このバジュランギですが、隣り合い対立するインドとパキスタンが舞台。パキスタン人の少女・シャヒーダーは発話が不自由で、これを心配した母と共にインドの聖廟に参拝します。その帰り道、一人インドに取り残されてしまったシャヒーダーはインド人のパワン、愛称「バジュランギ」と出会います。超真面目で超お人好しなバジュランギは国籍も宗教も違うシャヒーダーとどう向き合うのか、そしてシャヒーダーは無事に家族の下へ戻れるのでしょうか、というお話。
先にも述べた通り、インドとパキスタンの間には一筋縄ではいかない問題があります。そもそもインドの英国からの独立に際してインド亜大陸にはヒンドゥー教とイスラーム教の二つの宗教勢力が存在しており、大まかにインドにはヒンドゥー教徒、パキスタンにはムスリムが移動する形で分離独立しました。この二国間の国境地帯、カシミール地方では未だに衝突が起きています。
インド人のバジュランギは敬虔なヒンドゥー教徒で、作中ではハヌマーン像やその御姿である猿に対して度々手を合わせたり、ハヌマーンやさらに高位の存在であるラーマに祈りを捧げます。彼の真面目さ、人の良さも信仰と無関係ではありません。
一方でパキスタン人のシャヒーダーはムスリム。彼女もモスクで礼拝するし、菜食主義のヒンドゥー教徒とは異なりシャヒーダーは鶏肉を食べます。
この宗教の違い、文化の違い、そして二国間の対立は二人の歩みを妨げます。
ですがそこはインド映画!ちょっと暗い空気になってきた、不安な展開になってきたと思うと歌と踊りが始まりそのまま打開する!いや、この映画かなり真面目な映画で、歌が流れるシーンは多けれど荒唐無稽なミュージカルシーンは中盤までに1,2回ある程度。何よりバジュランギが良い奴で自然と良い人たちが助けになってくれるので、明るい気持ちで観られる。気付いたらバジュランギに同行して物語のメイン格に昇格していたジャーナリストのナワープも、実は優しくて、熱い情熱の持ち主だったし。
というか、窮地への陥り方が時々しょうもなくてちょっとムズムズした(笑) なんで手錠盗むのすぐ? いくら子供とは言え、手癖が悪いのはちょっと…なまじシャヒーダー可愛目なので。
笑いと感動で総合的に勝ち越して来る感じの映画でした。ちょくちょく起こるコミカルなアクションシーンには深夜3時にも関わらず笑いが出た。
シャヒーダーの故郷に近付くにつれて背景もどんどん美しいものに変わっていき、別れの時が近くなっていく。危険を省みずに少女を家族へ返したバジュランギのためにインド人とパキスタン人が一丸となる最後には本当に感動した。ずっとバカみたいにバカ真面目を貫いたバジュランギが、それに報われる物語だったのが美しかったです。
比較的我々日本人にも分かりやすい文脈の映画ですので是非。そして、隣り合う国々にほんの少しの「愛」があらんことを。
作中で一番好きなセルフィー(自撮り)の歌
映画未収録の本編後ミュージカルシーン